2003-11-19 (水) [長年日記]
■ セマンティックWebについての誤解と真実
だからこそコンピュータによる検索が大事なのだ、と思ってしまう人は、たぶんここまでの論点をうまく消化できていないと思うので
セマンティックWebが胡散臭いというのは今に始まったことじゃないわけで、まあ胡散臭いわなーとは思うのだけど、うーむ、なぜここでこういう話にるのか、さっぱり分からん。流れが読めない。検索でしょ? 別にいいじゃん。『「超」整理法』ではコンピュータによる検索を推奨していたように思うのだが。
これは
だからこそコンピュータによるセマンティックな検索が大事なのだ、と思ってしまう人は、たぶんここまでの論点をうまく消化できていないと思うので
ということか?
それにしてもあれですよ。「金科玉条」。思わず意味を調べてしまいました。バカですから。ごめんなさい。
■ Eclipse事始め。
Eclipseを使い始めました。とりあえずとらねこさんの記事を読んでいます。というか、人気記事がすごいことになっているし。
■ 「経 Kei」11月号
あれから足繁く本屋に通っていたんですが、いつも10月号しか置いてなくてゲンナリしていたのでした。それが今日見たら、11月号に変わっているじゃないですか。というわけで、グラコロ食いながら読みました。
ODAは慈善事業じゃないんだから、きちんとしたベンチマークを取るべきだという主張。実際、うまくいってない(ように見える?)ものが多いとのこと。いつまでもダラダラやってんじゃねーぞコラ、と。だけど、その測定方法(何をもって成功とするのか)は、よく分かんねーなーという話。
結局、だからどーなんだという話ではあるのだが……。意味のない無駄な行為(いたるところにあるよなあ)が行われている現状を、山形さんはきっと近くで見ていて、ッッんだよこれ!てな感じで憤っておられるのであろうな。
ついでに
クルーグマン本文庫のあとがきも読んだ。プリンストン大学はインフレターゲット論の巣窟になっている、クルーグマンがブッシュ批判で大盛り上がり、といった感じ。
■ にうすあれこれ
富士通、顧客対応の適任者を自動的に探すシステム
微妙だ。
お父さんのためのアダルトサイト講座
ほう
サーファー、突風にさらわれ自宅の屋根に落下、重傷
おかえり。
くまうた
演歌こみゅにけーしょん
2ちゃんねる2003年重大ニュース
memo.
■ [本] 素人のように考え、玄人として実行する/金出武雄
著者はカーネギーメロン大の教授とのこと。有名な方なんでしょうか。プロフィールには、人工知能、コンピュータビジョン、ロボット工学の世界的権威と書いてあります。恥ずかしながら、この本を手にするまで存じ上げませんでした。
この本は(なんだかおかしなタイトルがついていますが)著者が上記の分野での研究活動において気づいたこと、学生にいつも言い聞かせていること、ちょっと思ったつまんない話などを、徒然と書き集めたものです。いわばウェブロですね。全体的に地味ぃな文章ではありますが、興味深く読むことができました。
50くらいエントリー(ウェブロですから)がありますので、電車の中などでの暇つぶしにはもってこいです。一駅で1エントリーとかね。
■ [本] 思考論理学 考えるワシ/橋本治
Amazonに載ってねーなーと思ったら、復刊ドットコムに載ってる。げげ。
えーと、まず最初に「ハゲという題材について」というのが載っている。橋本治がハゲについてあーだこーだ言ってます。これが面白い。
以下、俺なりの要約(引用部分も引用に非ず)。
ハゲとは苦悩の象徴(もしくはリアルな症状)である。苦悩と現世とは両立しえないものだから(悩んでばかりいたら生活してらんねーから)、現世を捨てる「出家」という人為的なハゲなるものまで存在しているわけである。
このことはつまり、現世に苦悩(=ハゲ)は本当は存在しえないものということを意味する。故に、
ハゲは存在しても存在しない
ということが成り立っていると言える。
ハゲのひとにハゲネタを振れない(ハゲを無いものとして扱う)のは、実はそういうことなんだ、と(笑:バカだこのおっさん)。
そして何より重要なのは、それまで成立していた
出家=世捨て=人生の終わり
という公式が、平均寿命が延びた今日の日本においては、もはや成立しなくなっているという点である(まるでドラッカーの理論だッ!)。今ではもう、昔のようにハゲたら人生終わり、というわけにはいかない。ハゲは人生の終焉から、人生の半ばにシフトしてきている。ハゲていない時期が人生の第一部。そして、ハゲてからが人生の第二部なのだ。
言わば、ハゲは、人生の「通過儀礼」なのである。覚悟しろ!
ハゲてない人は第二部も考えておけ
と。
青春の曲がり角
これは最後の章。すんげー面白かった。図解だったので、文章で説明するのは難しいが、xyzzyの罫線モードを使って、なんとか説明するよ(俺的要約。引用に非ず)。
まず「成長」とは何なのか。普通はこうやって、上に伸びていくイメージを抱くだろう。
成長 ↑ │ │ ○
だけどいつかは青春の曲がり角にぶつかる。
←──────┐
青春の曲がり角│
│
○
曲がり角があったもんだから、 青春時代を振り返ったときに見えるものは ユーミンという名の別物となっている。
←──────┐- - - - - →
青春の曲がり角│(ユーミン)
│
○
ここで「人間の幅」とは何なのか考えてみる。 それは、「いつ曲がり角を曲がるか」に依存する。 3歳で曲がるよりも、20歳で曲がったほうが幅があるってわけ。 人生は線ではなく、面で考えるのだ。
←──────┐3才
青春の曲がり角│
○
←──────┐20歳
青春の曲がり角│
│
│
│
│
○
角を曲がりきれなかったひとはどうなるのかというと、 現実の壁を越えてしまい、
妄想
↑
───────┼────
現 実 の 壁│
───────┼────
← - - - - - ┤
青春の曲がり角│
│
│
○
あっちの世界にいっちゃう。
あと説明しにくいんだが、青春の曲がり角をきちんと直角に曲がるのは難しく、そこには紆余曲折が作り出す「ブザマ曲線」と、それによって通過できなかった「経験はしていないがありうべきものと思われる青春の記憶」が出来上がり、そこに理想と現実のギャップが生まれるのだそーな。
───┬───────────┐(理想)
└─┐経験はしていないが│
│ありうべきものと │
└┐思われる青春 │
紆余曲折 └┐ の記憶 │
(ブザマ曲線)└─┐ │
└─┐ │
└──┘
いや、これは凄いよ。バカっぽいけど、実はすごい分かりやすいのかもしれない。興味のある方は、復刊ドットコムまで、どうぞ(って宣伝みたいだなあ)。
